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ウォーキングで出会う人
健康のために、ウォーキングを始めた。毎年2回、日本に帰国するたびにしている人間ドックで、今回は医者に減量をきつく言い渡されたのが理由であるが、ウォーキングを始めて2カ月たった今、楽しみながらウォーキングをしている自分を感じている。
実際、ウォーキングしていると、多くの発見がある。家の周りを2ブロック歩くだけで、咲き始めた花、テニスコートで一生懸命やっているテニスのプレーヤー、ペンキを塗り替え始めた家、そして飼い主の趣味だろう、可愛い服を窮屈そうに着せられ、むっとしながら歩いている犬、はたまた私と同様、減量のために歩いていそうな中年の男性等、車で通り過ぎればすべて気付かないで通り過ぎてしまう大事なものが、たくさん目の前に現れるのである。
その中で、特に私の注意をひくもの、それはある女性だ。彼女を最初にみたのは数年前だったと思う。仕事から帰宅する途中、家のそばでみかけるその女性は、いつも母親らしい年配の女性と歩いている。顔つきだけでなく、二人が被っているスカーフから、彼女たちはイスラム圏の人たちかなと思ったのを記憶している。ウォーキングをしている人が多いなかで、彼女が特に私の目をひいた理由は、彼女が松葉杖をついており、両足ともひどく不自由なのが明らかであったからだ。一歩進むのに大変な努力をしいているのが、その表情から見て取れる。ちらりと垣間見た表情は、歯を食いしばり何かと闘うようにきっと前をみていた。そしてそばを歩くク母親らしき婦人は黙々と、しかし彼女の歩調にあわせて歩いている。それをみた私は思わず、がんばれ、がんばれと声をかけていた。
今も、通りする時に、心の中でがんばれ!と心の中で声をかける。いつか声を出して、ハローと言ってみたいともう。だが、彼女は自分の様相が、他人に注意をひくことを望んでいないかもしれない。私はただ、頑張っている人を応援したいだけだとしても、彼女にとってそれは有難迷惑かもしない。本当に彼女がいる大変な状況を理解せず、自分の立場からただ応援しているのかもしれない。
いろいろ考えた末、またウォーキングの際、彼女と母親らしき婦人を見かけたら、心の中から誠意をこめて、がんばって!と伝えることにした。
実際、ウォーキングしていると、多くの発見がある。家の周りを2ブロック歩くだけで、咲き始めた花、テニスコートで一生懸命やっているテニスのプレーヤー、ペンキを塗り替え始めた家、そして飼い主の趣味だろう、可愛い服を窮屈そうに着せられ、むっとしながら歩いている犬、はたまた私と同様、減量のために歩いていそうな中年の男性等、車で通り過ぎればすべて気付かないで通り過ぎてしまう大事なものが、たくさん目の前に現れるのである。
その中で、特に私の注意をひくもの、それはある女性だ。彼女を最初にみたのは数年前だったと思う。仕事から帰宅する途中、家のそばでみかけるその女性は、いつも母親らしい年配の女性と歩いている。顔つきだけでなく、二人が被っているスカーフから、彼女たちはイスラム圏の人たちかなと思ったのを記憶している。ウォーキングをしている人が多いなかで、彼女が特に私の目をひいた理由は、彼女が松葉杖をついており、両足ともひどく不自由なのが明らかであったからだ。一歩進むのに大変な努力をしいているのが、その表情から見て取れる。ちらりと垣間見た表情は、歯を食いしばり何かと闘うようにきっと前をみていた。そしてそばを歩くク母親らしき婦人は黙々と、しかし彼女の歩調にあわせて歩いている。それをみた私は思わず、がんばれ、がんばれと声をかけていた。
今も、通りする時に、心の中でがんばれ!と心の中で声をかける。いつか声を出して、ハローと言ってみたいともう。だが、彼女は自分の様相が、他人に注意をひくことを望んでいないかもしれない。私はただ、頑張っている人を応援したいだけだとしても、彼女にとってそれは有難迷惑かもしない。本当に彼女がいる大変な状況を理解せず、自分の立場からただ応援しているのかもしれない。
いろいろ考えた末、またウォーキングの際、彼女と母親らしき婦人を見かけたら、心の中から誠意をこめて、がんばって!と伝えることにした。
新たな門出をタンゴで祝って

先週の月曜日の夜、タンゴのクラスが終わり、ミロンガ(練習ではなく、タンゴを踊る時間)に切り替わった。ひとしきり皆がタンゴを踊ったあと、先生が言った。
「ではこれからあるカップルがデモンストレーションを行います。彼らは4月初めに結婚式を控え、そこでタンゴを披露するために、一生懸命練習をしています。どうかみなさん、暖かい拍手で迎えてあげてください」
大きな拍手とともに登場したカップルは、見つめあうとタンゴを踊り始めた。
ピアソラの曲にあわせて、ロマンチックな動きや、コミカルな動きを盛り込んで、アルゼンチンタンゴが繰り広げられる。この二人がいかに強いきずなで結ばれているかは、重なり合うまなざしや、相手を思いやりながらの動きが、はっきりと物語っている。タンゴは不思議だ。数分の踊りのなかで、そfれまでの人生の概要を踊りに昇華できるからだ。
瞬きするのを忘れて踊りを観ていた私たちは、踊りが終わったと同時に、この二人に割れるような拍手を送った。この瞬間、そこにいた誰もが心から彼らを祝福し、これから大変なこともあるであろう人生を結婚という形で作り上げていく二人に”がんばれ”と言っていたと思う。
二人は微笑んでキスすると私たちに手をふった。
これまで結婚式でタンゴを踊るため、カップルによるタンゴのデモは数回、みてきたが、今回のカップるがこれまでと違っていたのは、彼らがゲイのカップルであったことだろうか。
タンゴはもともと、男性たちが横に並んで踊っていたのが、そのうち男女ペアで踊るように切り替わっていったものだが、今回の男性二人のタンゴは、とても新鮮だった。
余談だが、カソリックのアイルランドで、同性の結婚が法律で許されたのは、ごく最近である。このため、外国からアイルランドに来て、結婚式をあげる同性のカップルが多いそうである。
ザ・ベスト・エキゾチック・マリーゴールド・ホテル
映画館の上映室に入って気づいたのは、なんとなく年配の方が多いなということだった。映画が始まってそのわけがわかった。
上映されているのは、「ザ・ベスト・エキゾチック・マリーゴールド・ホテル」、リタイアしたイギリスの年配者たちが、インドの”すばらしい”はずのリゾートホテルで過ごす姿を描いた話である。
それぞれが複雑な事情を抱え、たまたま同じ便でインドへ飛び立ち、着いてみれば”すばらしい”おtの謳い文句には、似ても似つかぬ酷い状態のホテル。その中から前むきなものを見つけ出そうとするもの、過去40年以上まえに封印した愛を、見つけ出そうとする者、怒りの中で自分の中に閉じこもったままの者、人は異なった反応をする。
ゴキブリがいたり、水道もこわれていたり、下痢になったりと笑うに笑えないハプニングの中で、ホテルオーナーの若者が笑顔で繰り返し言う。
”最後はすべてうまくいくのです。上手くいっていないとしたら、それはまだまだ、これからなんですよ”
お互いが少しずつうちとけていく過程で、それぞれが抱えてきた苦しみや、悲しみがにじみ出てくる。人は何歳になっても、そうしたいという心さえあれば過ちを悟り、人を愛したり、思いやったりすることができるのだというメッセージを込めた映画であった。
インド好きな私が、いつか行きたいと思っているインドの街の風景がみられる、くらいの軽い気持ちでこの映画を選んだのだが、胸がすっとし、観て良かったなと思った。
上映されているのは、「ザ・ベスト・エキゾチック・マリーゴールド・ホテル」、リタイアしたイギリスの年配者たちが、インドの”すばらしい”はずのリゾートホテルで過ごす姿を描いた話である。
それぞれが複雑な事情を抱え、たまたま同じ便でインドへ飛び立ち、着いてみれば”すばらしい”おtの謳い文句には、似ても似つかぬ酷い状態のホテル。その中から前むきなものを見つけ出そうとするもの、過去40年以上まえに封印した愛を、見つけ出そうとする者、怒りの中で自分の中に閉じこもったままの者、人は異なった反応をする。
ゴキブリがいたり、水道もこわれていたり、下痢になったりと笑うに笑えないハプニングの中で、ホテルオーナーの若者が笑顔で繰り返し言う。
”最後はすべてうまくいくのです。上手くいっていないとしたら、それはまだまだ、これからなんですよ”
お互いが少しずつうちとけていく過程で、それぞれが抱えてきた苦しみや、悲しみがにじみ出てくる。人は何歳になっても、そうしたいという心さえあれば過ちを悟り、人を愛したり、思いやったりすることができるのだというメッセージを込めた映画であった。
インド好きな私が、いつか行きたいと思っているインドの街の風景がみられる、くらいの軽い気持ちでこの映画を選んだのだが、胸がすっとし、観て良かったなと思った。
心優しきタンゴ友達
アルゼンチンタンゴを始めたのは7年ほど前になるだろうか。タンゴの魅力に取りつかれて、時折、中断しながらも現在に至っている。
12月に休暇で日本に帰国したあと、なんとなく怠け癖がついて、この一か月はタンゴには、全くご無沙汰していた。そんな今朝、メールを開くと、タンゴ仲間からメールが入っていた。メールを読んで、思わず笑ってしまった。
『君は僕を忘れたかもしれないけど、僕はしっかり覚えているよ』
彼は私がしばらくタンゴに行かなくなると、こんな風にユーモアたっぷりのメールをくれるタンゴ仲間だ。
前回、私がしばらくタンゴに行かなかったときには、『君がいない間にすごく上達した僕の素晴らしいリードぶりに、今度、君が戻ってきたときには、きっと僕だと気づかないだろうね。早く戻っておいでよ、みんな待ってるから』というメールだった。
いろいろなタンゴのクラスに参加してきたが、私が最初から行き続けているこのクラスには、彼のように気を使わず、一緒にカフェに行ったりできる気さくで良い人たちが集まってくる。
タンゴクラスに戻るワンプッシュを探していた私は、笑いを抑えながらこう返信した。
『こんな素晴らしいタンゴ仲間を忘れるわけないでしょう。ありがとう、来週クラスでね』
12月に休暇で日本に帰国したあと、なんとなく怠け癖がついて、この一か月はタンゴには、全くご無沙汰していた。そんな今朝、メールを開くと、タンゴ仲間からメールが入っていた。メールを読んで、思わず笑ってしまった。
『君は僕を忘れたかもしれないけど、僕はしっかり覚えているよ』
彼は私がしばらくタンゴに行かなくなると、こんな風にユーモアたっぷりのメールをくれるタンゴ仲間だ。
前回、私がしばらくタンゴに行かなかったときには、『君がいない間にすごく上達した僕の素晴らしいリードぶりに、今度、君が戻ってきたときには、きっと僕だと気づかないだろうね。早く戻っておいでよ、みんな待ってるから』というメールだった。
いろいろなタンゴのクラスに参加してきたが、私が最初から行き続けているこのクラスには、彼のように気を使わず、一緒にカフェに行ったりできる気さくで良い人たちが集まってくる。
タンゴクラスに戻るワンプッシュを探していた私は、笑いを抑えながらこう返信した。
『こんな素晴らしいタンゴ仲間を忘れるわけないでしょう。ありがとう、来週クラスでね』
『ダブリン市民』の旅

ダブリンの自宅から車で6,7分走ると、チャペルリゾットという小さな村がある。いつも街に行くのに、通り抜けるだけの村であったが、最近、その村在住の日本人女性カメラマン、Mさんの案内で、いろいろ散策する機会に恵まれた。チャペルリゾットは、19世紀のアイルランドを代表する作家、ジェームス・ジョイスの著作『ダブリン市民』のなかで舞台となる、ダブリンで最古の宿場町である。坂の多い可愛い村で、当時、馬車が走っていた頃からの道路の幅は、今もそのままだ。
小さな家がずらりと並んでいると思えば、奥まったところには、お屋敷もある。ダブリンの多く場所で、バブルにために、情緒あふれた古き建物を、味気のない新築のものに建て替えてしまったなかでも、過去の美しさをなんとか保とうと頑張っているように感じられるスペースと言えよう。
ペンキがはげ、窓やドアに板打ちつけた家々があちこちに現れる。昔からずっと住んでいた人々が亡くなったあと、身内や親族は、その住居に興味を失ったのか、空家となってしまったままなのだ。
夕陽が少しづつあたりをオレンジ色に染め始めたころ、Mさんが一軒の大きな家の前で立ち止まった。
「これが、『ダブリン市民』の中の一話、”痛ましい事件”の主人公の男性が住んでいたと設定される家なんです。」
”痛ましい事件”とは、中年の独身男性が、ふとしたきっかけから、同世代の女性に出会い、親交を深めていくものの、男性は彼女を思いを拒絶してしまう。それから数年後に、彼女の鉄道事故死(自殺ではないかと匂わせる節もある)の記事を新聞で知った男性は、自分が彼女に対してした、死刑宣告にも似た仕打ちに気づき、深い心の苦しみの扉を開けるという話である。
ずっと昔に読んだ『ダブリン市民』の話が、今、まさに現実感を持って蘇てくることの面白さを感じてると、Mさんがこう付け加えた。
「この家については、ジョイス以外の作家も書いていて、彼によると、ここには幽霊が出るそうなんです」
そうか、と一歩下がって、灰色の古い建物を見上げてみた。最後の住人がいなくなってから、どのくらいたったのであろうか。100年以上前には、ここは下宿屋で、何部屋もあるであろう住居には、食べ物の匂いや人の話し声でにぎやかであっただろう。
時は流れ、今の主がもし幽霊なおであれば、それもまた時代の移り変わりなのかもしれない。そして、夜、ここを通るのはちょっと遠慮しようかなという気持ちもこみあげてきた。





